やってるゲームとかの雑記
嘘はガラス細工のようなものである。
どんなに緻密に作り上げられていても土台が揺るげば、
あるいは石のように移り行きにくい真実が投げ込まれれば簡単に砕け散る。
嘘は脆弱なものだ。それでもなお、美しくない真実よりも見た目に優美なガラス細工が好まれる事がある。
高値を付けて取引されたり衆目を集めることがあるから、嘘の美談を売り歩く者が居る。

嘘が真実に勝つ唯一の方法は石を投げて訂正する者がいなくなるまで嘘をつき続けることである。
嘘をつく者だけが残れば嘘は真実になる。ガラスケースの中に陳列され、やがては真実であるという面をして居座る。
そうなった時にそれが捏造された物品であるということを証明しうるのは専門家だけであるし、
それを証明するのには膨大な労力やコストがかかるようになる。

通信技術の飛躍で我々の生活は圧倒的に便利になった。図書館に行かずとも調べ物が出来る。
検索すれば知りたい情報を書いている人がいる。何なら誰かに尋ねて教えてもらうことが出来る。
しかしその一方で、勘違いしていたとかではなしに、知ったうえでわざと嘘を広めようとする者がいる、という事は忘れてはならない。
一度や二度の嘘であれば砂の一粒二粒が風に運ばれていくように霧散して終わりだが、
異常な執着心を持って毎日コンスタントに悪意燃やす人間が事実を知る人間よりも長期間活動すれば、
それを聴いた人々の中には嘘つきの言う事が事実であるという勘違いが生まれてくることとなる。
結果として、事実を知る人々はこうした嘘つきに石を投げる無駄な労力や
根付いてしまった風評に対して膨大な手間をかけた訂正を打たなければならない。

多くの人々は専門家ではないだろう。私だってそうだ。
だからといって、嘘つきの言うことを真に受けたり「面白いからいいのだ」などと言って
悪意を持った、正体もしれない、嘘を流すことに生きがいを人間の片棒を担いだりしてはいけない。
匿名掲示板やSNSで事実無根の事柄を使命感を燃やして書き続ける人間は、現実として存在する。
興味本位でそうした嘘に加担した結果、嘘つきが目論んだ通りの嘘の既成事実化を招くことになるばかりか
それを訂正するために界隈や専門家たちに膨大な労力を割かせてしまう。
知らず知らずのうちに他人の悪意や嫌がらせに相乗りして協力してしまう。

「果たしてそれは本当なのだろうか?」「この書き込みは何をソースに書かれたのか?」という事は、
RTや他媒体からのツイートボタンを押す前に一旦立ち止まって確認するようにしたい。
何しろ、「書くのだけは」自由であるから。
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