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やってるゲームとかの雑記
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ニコニコ動画のやらかしが話題に登っている昨今ですが、
なぜこのような事になったのか、という部分に関する私見。


0.黎明期に多くの人がプレミアムにしていた理由

元々ニコニコ動画がサービスインして話題をさらい、様々なネットミームの
発信地となって人気をさらった当初から動画サイトとしての機能面では難も多く、
改善が望まれている中、機能面での優遇と運営へのお布施という意味でプレミアム会員という
サービスが登場した(2007年6月のRCより)。

実際の所、この時代は私も運営のお布施という意味でプレミアムにしており、
かなり長い間プレミアムを持続していたと記憶している。
当時、ニコニコ動画は新しい「面白いもの」が登場し、その面白いものにコメントがつき、
そのコメントの中からまた新しいものが生まれていくという好循環があったように思う。


1.非プレミアムという「賤民」の指定

ところが、時代の経過と共にニコニコ動画のサービスの質は見劣りするようになっていく。
(最初期にはプレミアムならYoutubeよりも画質が良いと言われていた事もあり、
 決して動画サイトとしての使い勝手は劣悪ではなかったと思われる)
当然、動画サイトとしてあるべき姿は動画関係の機能を向上させ、
動画投稿者が活動しやすく、動画を視聴する人も見やすくしていく方向性である。

が。ニコニコ動画が実際にやったことはプレミアム会員に極小の飴を与え、
非プレミアムの会員には機能を極限まで絞る事で格差をつけ、「賤民」を設ける政策だった。
しかもこれが大ヒット、動画投稿する人がプレミアム会員になるのはもとより、
建設的に今後の機能追加や回線・設備の増強などを要求する声に対して
ユーザーが自主的に「非プレミアムの乞食が偉そうな口を効くな」という
潰し合いをしてくれるようになり、運営の職務怠慢から生じた批判も矛先がそれる事になる。
個人的な話をすると、私は当時からこうしたThe愚民という感じの風潮が大嫌いだったのだが

実際、極論ではあるもののこれでサービスが持続できるならそれも一つの選択肢としてアリなのかもしれない。
歴史的に見れば「下の階級」を作る事で存続してきたコミュニティも少なくない。
しかし、そうこうしているうちに後発の動画サイトたちはニコニコ動画を
動画投稿や視聴関係の機能で追い越していった。当然、そちらでは無料で快適に動画が視聴でき、
投稿でもニコニコ動画のように妙な縛りや順番待ちといったかったるい仕様に悩まされる事もない。
中には、ビュー数に応じて広告費としてお金が貰えるものまで出てきた。
そんな中、ニコニコ動画がやってきたのは「時代にギリギリ置いていかれない」だけの
アップデートをできるだけプレミアム会員だけに絞って与える事。
こんな事をしていれば、時代に置いていかれるのは当たり前である。

2.不公平感という最も危険な病

ニコニコ動画黎明期にその発展を支えた原動力として、
「動画を投稿すれば見てもらえる」、そして「あわよくば人気者になれる」という
期待感のようなものがあった。この点に関して意識の高い事を言ってごまかす人もいるが、
実際にそうなら動画投稿などしなくていいわけで、多くの人は
「見てもらいたい」「自分の好きなものを広めたい」「コメントしてもらいたい」という
欲望の元に動画を投稿していたのは今更指摘の必要もない所だろう。
視聴者としては動画投稿の理由自体はどうでもよく、「面白ければ良い」という
ごくごくシンプルな動機のもとに、様々なブームが生まれていった。

しかし、ニコニコ動画が巨大化して様々なジャンルが発祥し、
ニコニコ動画運営自体がその特定のジャンルに意図をもってタッチするようになっていくと
ある危険な現象が起こっていったように思う。それが「不公平感」という病である。

・金の使い方という面での不公平感
ニコニコ動画のプレミアムは基本的に月500円ちょいが料金となっているが、
黎明期には多くのユーザーが「これから機能が向上してよりよくなっていく」事を期待して
お布施として毎月500円払っていたという側面が少なからずある。
しかし、2011年以降はニコファーレなどの箱物路線や毎年膨大な赤字を出す
ニコニコ超会議などのイベント路線が目立つようになり、プレミアム会員全員から
集めた金が特に東京近郊に住んでいて、かつ生放送やイベントでウェイウェイするのが
好きなユーザーのためだけに使われているのではないかという部分が目立つようになってきた。
設備投資が難しいなどと言い訳をされても、ニコファーレに億円単位で突っ込み、
現在でもそのスカスカスケジュールで赤字が出まくって累積赤字が凄まじくなっているであろう事や
ニコニコ超会議で少ない回でも5000万円以上、多い時は4億円以上の赤字を出しているという
現実の前には全く説得力がないと言われても仕方ない話である。どんだけ頭バブリーやねん
こうした部分でニコニコ動画に払った金の使途が極端に偏っているのではないかという
指摘が動画投稿および視聴をメインにしている層から出てくるのは当たり前の話。
イベントに行きたくたって、スケジュールを開けて移動と宿泊費込で数万円~十万円以上
必要になるので行けないという地方ユーザーだって居る以上、東京周辺だけで盛り上がるというのは
どう考えたって悪手であるし、コーラを飲んだらゲップが出る、梅ガムを関東近郊だけで売ったら炎上するのぐらい明らかである。

一応補足しておくと、ニコニコモンズというサービスを導入した点は評価できると思うのだが、
そのニコニコモンズも残念な事に目標に対して実情が非常にお粗末で、
権利的に問題のない素材を拾ってくる事ができるどころか明らかに素材の出処が
他人の著作物の物が非常に多い点(=ソースロンダリングと化している)から私は利用しなくなった。

・コンテンツの取扱い上の不公平感/同コンテンツ内での不公平感
上述した箱物系への金のつぎ込みが加速するにしたがって、ニコニコ動画運営側としても
そこで取り扱っても問題のない「血のきれいなコンテンツ」が運営側によってフィーチャー
されるようになり、権利上有利なボカロや実況・歌ってみた系が積極的に取り上げられるようになる。
これによってボカロ自体がブームを起こしたり、その曲を歌ってみたという動画が
数多く投稿されるようになった所は好循環と言えたが、ここでも運営側が
偏った扱いをし続けた事でいわゆる「セミプロがメジャーデビューするためのの踏み台」
扱いされる事に異を唱える人が増えていく事になる。

例えばボカロ系では初音ミク・鏡音リン/レン・巡音ルカといったボーカロイドそれ自体や、
それを使って作られた曲が人気を博していたのだが、運営が箱物で扱えるように
それを歌う人にスポットライトの焦点を絞っていくに従ってボカロ動画を投稿する人は
そうしたセミプロ化路線に見合うだけの楽曲、そして人の目を引けるキャッチーなMV、
それらをまとめて上手くプロデュースできる能力など、負担が増加していった。
結果、それができるごくごく一部の人だけが注目を総取りし、それ以外は頑張って
動画を投稿したところで最初から見ても貰えない可能性が高いという閉塞感が強まっていく事になる。
(私自身もいわゆる「過剰埋没動画」を漁る事が密かな趣味だが、良曲であるにもかかわらず
再生数は数百どころか数十、コメント0などで驚く事もしばしばある)

ここでは一例としてボーカロイドを挙げたものの、実際にはこうした
「運営にとって使い勝手の良い動画投稿者」は優遇される一方で、そうでない動画投稿者や
大本のネタを作っている人は優遇政策を一切うけられないというのは
ニコニコ動画全体での問題で、畑から生えてくる豊富な動画投稿者や
そこから発生する幅の広いネットミームという最大の武器を痩せ衰えさせていく事になる。
はっきりとこの不公平感を認識していたかしていなかったかは人にもよるだろうが、
こうした不公平感はユーザーの層と層の間での軋轢を呼び、ジャンル対立や
それを利用した炎上マーケティング的な手法などを生み出していく事になる。
クリエイター奨励というシステムも出てきたものの、給付されるポイントや審査、
運用については不透明極まり、特定のカテゴリでは審査すらされていないという噂もあるなど
とても公平公正に運用されているようは見えなかったという問題点もある。
また、流行りのネタに食いつくのが有利という風潮がどんどん強まっていき、
コンテンツ自体の消費スピードも早まりいわゆるイナゴ的な消費が正解になっていく。
こうなってしまうと、もはや双方向の情報発信というよりは、かつてテレビドラマが
作り出した流行を若者たちが都合よく追いかけて消費していたのと変わらない状態である。


上記2方面からの不公平感が強まっていった事は、ニコニコ動画という媒体に対して
凄まじい負の影響を及ぼしていったのではないか、というのが私見である。
人が多数関われば人気が出る人と出ない人がいるというのは
ごくごく当たり前の話だし、それは素のスキルの差でもあるだろう。
続ける事で芽が出た人もいれば、続けても芽が出なくて諦めた人もいる。
しかし、少なくともみんなで参加する媒体という方向でヒットした以上、
どこぞの漫画ではないが「公平とは限らないが少なくとも公平感は与えなければならない」のである。
公平でないゲームに参加料を払って参加する人は居ない。
全員から同じ金を取ってサービスを続ける以上、不公平感が強まれば
同じ金を払う事を渋る人も出てくるし、金を払うのをやめてしまう人もいるだろう。

動画製投稿者は動画を撮影・制作する上で労力や時間というコストを既に支払っている。
頑張って作ったって見てもらえないんだから、もう投稿するのはやめるという人だって
出て来るし、「あのジャンルで投稿しているやつは良いよな」という不満だって出る。
「俺だって同じ金払ってるのにああいうことばっかりしてるよな」という批判もでる。

こうしたギスギスした対立と閉塞の中で、運営に対する不満もユーザーの間で公然と語られるようになっていったのではないだろうか。


3.真夏の夜の淫夢という必然的に現れたミーム

そんな中、現れるべくして現れたジャンルがある。例のアレ系列の中でも、真夏の夜の淫夢である。
真夏の夜の淫夢がどういうコンテンツかに関しては割愛するが、このコンテンツは
ニコニコ動画で無視できない勢力を持つに至ったのは以下のような理由があるように思う。

まず最初に、上記で述べた「誰でも見てもらえるチャンス」を持っていたという点である。
同コンテンツでは、どちらかというと素材側を主体として展開されるためにあらゆるコンテンツを
絡めて投稿する事が容認されており、動画を作れば見てもらえる公算もそこそこ高い。
また、テンプレート化した語録という形式のコメントを持つ事により、
コメントをつけてもらえる率が非常に高いという長所がある。
(関連タグをザッピングして見ている人も少なからず居ると思われる)

同コンテンツの動画をざっと流し見ると目につくのが
「人気が出ないから普通は実況されないゲーム」が
平然と実況プレイ系動画に仕立て上げられ、レギュラー的に投稿されていたり、
オンラインゲームに集団移住して遊ぶという動画も少なからずあったり、
なぜか非常に創造的な人が多く関わっているという点である。
こうした貪欲に「面白いこと」を求め、コミュニケーションを介して
ミームを取り込み、それを変質させて巨大化していく(汚染とも言われるが)という流れは
まさに2007年、2008年頃にニコニコ動画が爆発的に人気になった時に持っていた性質である。
勝手に有名人などの素材を使って実況プレイ風に仕立て上げるのはキーボードクラッシャー以来の
伝統的な手法なうえ、テンプレート化されたコメントも「弾幕」文化のリバイバルと言えなくもないし、
「登場人物に勝手にキャラクター付けをして楽しむ」「二次創作の二次創作」など、
無軌道無節操無秩序な成長性もまた、ニコニコ動画で流行したジャンルが持っていたのと全く同じである。
そして何よりも、こちらでは「血のきれいなコンテンツ」に入れなかったコンテンツたちに
復活のチャンスがあり、言ってみれば運営によって「血のきたないコンテンツ」扱いされ
締め出されていたコンテンツたちが自由に活動できる場としても機能しているのである。

もちろん、基本的な題材がゲイ向けのアダルトビデオの素材という特殊性だけに
真夏の夜の淫夢系を嫌がる人もいるし、それ自体は仕方のない事だとは思う。
倫理的に問題があると主張する人もいるだろう。
しかしニコニコ動画の変遷を見ていくうえでは、
閉塞感を打破し得る、誰でも見てもらえるチャンスがある、運営に収奪されない
という3つの要素を持っていたがゆえに受け皿として機能してしまい、
他のジャンルで活動してきた人が例のアレ系の動画を投稿したり、視聴するように
なってきたのではないか・・・という部分は無視してはならないところだろう。
(ネット上でのホモネタ系のミームの歴史を見ると
ヤマジュンブームと六尺兄貴系のコピペが数年つき続け、
レスリングシリーズが数年こねて温めてきたホイホイチャーハン餅を
2005年ごろからそこに座り続けていた淫夢が座ったまま食う事に成功したにすぎないし、
そのうちこれもブームが去って時代遅れなモノ扱いされる時が来るだろうが)


4.これからの事

ニコニコ動画が存続していく事を考えるのであれば、「淫夢厨のせいでおかしくなった」などと
特定のユーザー層にその責任をなすりつけるのではなく、このような現状を招いた事を重く受け止めて
今後運営陣はどうするべきなのか、そしてユーザーもどういう方針で声を挙げるべきなのかを
きちんと考えていかなければならないだろう。

はっきりって先の事はどうなるか、誰にもわからない。
多くのユーザーがニコニコに失望し去っていったのは事実。一部ホモネタに走ったのも事実。
文句を言いながらも動画投稿してくれている人が居るのも事実。
ニコニコ動画の全盛期を愛し、生じた色々なミームを今でも愛している人も居るのも事実である。
案外あっさりと潰れるかもしれないし、結構堪えるかもしれないし、
逆に盛り返すような展開があるかもしれない。

ニコニコ動画自体は岐路に立たされている、というか数年前から舵を
一定方向にしか切らなかった結果、既に多くのユーザーを逃してしまっている。
プレミアムの大量解約などを受けて慌てて謝罪文+1080pでの動画対応予告などを
出してきたものの、本質的に必要なのは場当たり的な火消しではなくきちんとした方向修正であり、
今まで極小の飴でごまかすという手段を使って裏切り続けてきたユーザー層を
きちんとケアし、関係を修復して再びwin-winの関係を築ける具体的な将来設計である。
いっその事自分たちで動画をホストする事をすっぱりやめ、他の動画サイトに寄生して
コメントをつけられるサイトに逆戻りするというのもまた選択肢の一つかもしれない。

今後ニコニコ動画が具体的なプランを繰り出し信用を取り戻し、
ユーザーの大半を満足させる事ができる動画サイトになっていくのか。
それとも現状のまま倒れるのか。そして倒れたとしたら、何が次の主体となるのか。
今この時がまさに2007年ごろから201x年を席巻してきた、動画サイトを主体とする
ネットミームの一つの歴史の転換点なのかもしれない。




あとついでに。
ニコニコ広告というシステムでクリエイターに投げられた投げ銭を
運営がポケットに全額入れてるシステムに関してはさっさとやめて最低でも
クリエイター本人と運営で折半というシステムにしたほうが良いと思います。

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